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太古、メキシコに存在していたというトトナカ超文明の神秘都市エル・タヒン。
そこには、神々と人間の対話を可能にする秘儀が、巨大な叡智のエネルギーに包まれて息づいていた!
失われた超文明の栄光と悲劇の中に、今、知られざる祭祀空間が復活する!
文・写真 メキシコ人類考古学者 ミゲル・ネリ 「学研ムーNo68号」掲載
神聖なる儀式に満ちた 熱帯林の中の都市
神秘の国メキシコの古代文明の痕跡はつきることがないかのようだ。すでに発見された遺跡だけで2万3000を数え、それ以外にも、いまだに人跡未踏のジャングルや地下に多くが埋もれている。ここメキシコ湾岸地方のエル・タヒン遺跡もそのひとつであり、独特な神話と祭儀を備えているものだ。その昔、この地に栄えたというトトナカ文明の遺産である。
トトナカ文明については、日本ではあまり知られていないが、紀元前からティオティワカンとの交流が親密であったことが確認されている。この文明が湾岸地方の多くの都市を始め、マヤ文明にまで深い影響を残していることも知られており、かなり重要なものであったことは疑いの余地がない。

エル・タヒンの規模を見てもそれは明らかだ。約1000ヘクタール(10平方キロメートル)の広大な土地に、優雅な幾何学模様のピラミッドや寺院・球技場などが発見されている。
しかし、現在までに発掘がすんだのは、中心部の80ヘクタールだけ。すなわち、大部分はいまだに熱帯の木々の下に埋もれているのだ。
この神殿都市を特徴づけるものは、多くの儀式だ。といっても、現代人が考えるような形骸化されたものとは異なり、神々と直接語り合い、そして教えを伝えるための一種のコミュ二ケ一ション・メディアとして、生活の一部をなすほど重要な意味を持ったものである。

そのうえ、あざやかな衣装やアクロバットと見まちがえるほどのアクションで満ちている。しかも、同時にその動きや色でシンボリックに宇宙の叡智、科学と哲学が表現されているのである。見ていても決して退屈しないセレモ二-だ。
そのうちのひとつ、ポラドーレス(鳥人)の儀式はエル・タヒンの広場で行われる。この儀式は観光客用のショーとして各地で見ることもできるので、単なる民族舞踊だと思っている人が多い。だが、もともとは神聖な儀式であり、神々からの教えと人聞から神への願い・崇拝が込められているものだ。
神々とは、豊穣の 神シペトテックと大地の女神トラソロテオトルである。


死の危険をおかしながら行う緊張の祭祀
儀式はまず、その参加者たちが性的交わりを何日間か絶ち、浄化の沐浴をするところから始まる。次に、30メートルほどの高さの松の木を捜し、木の周りに円を描き、松の精に許しを乞うてから切り倒す。そして広場まで運び、垂直に立てるのだが、その前に大地にあけた穴に捧げ物をする。生け贄の赤い鶏と神酒(現代ではアルコールで代用する)だ。鶏は柱の下で死に、それにアルコールの揮発成分が手伝って一種独特の磁場を作りだす。
さて、いよいよ儀式の第2部に入る。5人のトトナカ族の男たちが、愛と純潔の色である赤と白のいでたちで登場し、柱の周りを取り囲む。身につけた円錐形の飾り、丸い鏡などは、それぞれが象徴的な意味を持っている。また、現在ではあまり見られなくなったが、本来は鷲の翼もつけていたらしい。
彼らは一列に並んで柱の周りを何回か踊りながら回る。東洋的な陰音階の笛の音に、太鼓のリズム。どこか哀愁をおびたなつかしい響きだ。5人の男は五芒星、つまり地上に生きる人間を象徴し、13の空(高次層)に登る準備をしているのだ。

柱には登るための足場となる網が巻きつけられ、頂上には小さな台と回転する四角い枠が取りつけられている。沈黙のうちに1人、また1人と足場に足をかけて頂上まで上がる。4人はそれぞれ枠に座り、腰に口-プを巻きつける。5人目は、中央の台上で東西南北それぞれの方角の神に許可と加護を願うと、その小さな台上に立ち上がる。
約40センチ四方で、しかも地上30メートルの高さである。面を東に向け、単調なリズムで笛と大鼓を吹きならし始めたかと思うと、視線を高く空に向け、同時に両足でリズミカルなステップを踏みながら踊る。死の危険と隣合わせでのことだ。事実、今までに事故で何人もの命が失われている。
興奮と緊張にプラスして、畏敬の念で広場の雰囲気は満たされる。なぜなら、13の空へ上昇するには、命を賭け死に直面する必要があることを思い起こさせるからだ。上昇するほかに道はない。右にも左にも逃げ道はない。これは魂の旅なのだ。澄んだ空気に鳴り渡っていた音楽が止むと、一瞬の静寂が流れる。息をのんで、皆、空を見上げている。魂の旅へ出ようとする者の聖なる姿を見ようと……。
そして、枠に座っていた4人は鷲の翼を広げ、まっさかさまに頭から、宙に身を投げだす。彼らは、ゆっくりと回転しなから、13回柱の周りを回って地上まで降りてくるのだ。

この13という数と4人のポラド-レス(鳥人、宙に吊られた人の意)の4という数は、エル・タヒンにおいて、大変頻繁に出会う。死を象徴する13は、同時に1+3=4となる。4は生命の数であり、〝生と死″は〝光と闇″と同様、たがいに補い合う不可欠な間柄なのだ。
下降する13回の回転は、肉体の死を象徴している。肉眼で見える最も高い所に登ったら、今度は目に見えない13の空へと、魂
はさらに上昇を続けなければならない。決して落ちてはならない。豊穣をもたらす創造エネルギ一を通じて登り続け、魂の故郷、すべての創造主である父のもとに帰還すること----それが地上の人間たちの存在の目的であり、この儀式の成就につながることだ
からだ。
次にウアウアス(赤ん坊)という儀式を紹介しよう。このセレモ二-では、大きな木の十字が使われる。この木の十字を空中で回転できるよう、2本の様にその中心を固定する。色とりどりの装束に、太陽を表す羽根飾りを頭につけた4人の男たちが、それぞれ十字の先端に位置して、まるで巨大なプロペラのようにこの十字を回転させるのだ。
タロットカード10番に見られる人生の輪(輪廻転生)と同じく、繰り返される転生のうち、あるときは上に、あるときは下にわれわれはいる。同時にまた、この動きはナウイ・オリン(4の運動)という名で知られる「絶え間ない生命の活動」でもあるのだ。
ある日突然に失われたトトナカの叡智!
こここエル・タヒンで祝われた儀式は、大変数も多くバリエーションに富んでいる。メキシコの古代文明は、それぞれに特徴づけがはっきりしており、例えば、チチェン・イッツアは天文学と数学、マリナルコはナワリズム(変身の術)、ティオティワカンは大宗教センター(人間が神となる場所)、テノチティトランは技術集積都市というように役割分担がなされている。
そして、エル・タヒンは数多くの儀式に秀でた聖なる都市なのだ。トトナカパンと呼ばれる、このたわわに果実の実る土地に、神々と交信する遺跡エル・タヒンが広がっている。美しい花が咲きみだれ、かぐわしい香りを遠くまで漂わせている。澄んだ空と枯れることのない木々、手をのばせば届く果実-神々の恵みをこれほど受けた土地があったろうか。
だが、現在のエル・タヒンは儀式は行われても、ふだんは人気がない。いや、神も人もすべて去ってしまったというイメージが強いのだ。これはなぜかー?栄光のトトナカ文明が、ある日突然、大いなる悲劇に見まわれたのである。詳しくはぺ一ジを変えて後述するが、太陽の女神トナカヨウアの警告と預言がすべて現実のものとなり、エル・タヒンの神殿都市が完全に放棄されてしまっ
たのだ。
神々と多くのトトナカ族の民が消えてしまうと、残された人々は無知の闇の中で悲しみにとらえられ、不和の争い、人身御供という退廃の極みへと落ちていってしまった。そして、トトナカパンに多くの血が流され、多くの涙が大地を濡らした。

神々との対話、そして魂の故郷へ!!
その大地に高々と突き立った松の柱に、今日も5人のトトナカの男たちは登るのだろうか。太古の神々の教えは今も生きている。永却の時を超えて、エル・タヒンの祭儀は復活した。失われた神々の叡智を呼び戻すために、人々が神からの恩恵を得るために、そして人々が神々となるためにである。
神々と交信し、宇宙の神秘を教えられることはたやすいことではない。なぜなら、神々の言葉は人間のそれとは異なるからだ。けれども、シンボルと儀式を通じて示されることにより、意識の中にそれらの深い意味を記録することができる。それが徐々に人間の内的エネルギーを活動させ、理解と習得を促していく。
いわば、人間と神との橋渡しの役目を果たすものとして、儀式が存在するのだ。しかし、それもー方通行でのみ行われてはいけない。人間の側からも、その意味を把握しようという姿勢が必要だ。ポラドーレスの儀式に象徴されるように、目に見えるものの頂上に至ったら、次は目に見えない柱をさらに登っていかなければならない。
物質文明の頂点に達したときこそ、精神的な階段を、そして、その頂上を極める準備が必要なときなのだ。魂の故郷に向かって旅立つ時代に、今われわれは立っている。
(トトナカ文明の神話と歴史に続く)