古代世界への旅

メキシコの密林(ジャングル)に現存する古代ピラミッド群の前で、今も展開される特異な儀式。
そこには、トトナカ文明の崩壊とともに失われた神々の叡智・神秘の力(パワー)が生きていた。
遥かな時空を超えて、今、知られざる太古の秘密を解明する。

タヒンの“球技"は神聖なる儀式だった

エル・タヒンの儀式においては、特別なエネルギーが形成され、人間が時間と空間のリミットを超えることができるような強力な強力な作用が働く。そして、そこでの象徴的な色や形、音楽、動作などが多くの種類のコスミック・エネルギーのコンデンサー(集積器)の役を果たして、祈りを届けるチャンネルが開通するのだ。こうして、奇跡的治療、天啓、超常的パワーなどの素晴らしい効果を生じさせる。

大自然のサイクルとともに実践(じっせん)される儀式の効果はさらに大きい。7つの主要な星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星)の動きと地球への影響、それに海のパワー、風の繊細な力、すべてを変容させる火の力などを、トトナカパンの人々はよく承知していた。

しかし、儀式の成功を確実にするもの、それは何よりも人間の態度にある。雑念のない集中と清浄な心、尊敬の念があって始めて神々の恩恵が注がれる器となるからだ。そのとき、一人の人間は完全に宇宙の響きと共鳴する神聖な表現の典型となる。

ここで、カラーページでは触れなかった非常に特異な儀式をもう一つ紹介しよう。それはトラチトリと呼ばれる儀式だ。タヒン遺跡には、いわゆる球技場が6か所発見されている。まだ発掘のなされていない地域に、さらに多くが埋もれている可能性もある。そして球技場の壁には、息をのむほど美しいレリーフがほどこされている。まさに「球技」が非常に重要な意味を持って、ひんぱんに行われていた形跡があるのだ。

「球技」というとスポーツを即座に連想してしまうが、この名は後の征服者スペイン人たちが儀式を目撃してつけたもので、本来はトラチトリの儀式と呼ばれていた。トラチトリとは、この儀式を司る神で、天文学、科学、豊穣と関連した重要な神の一人だ。そして、この神殿内(球技場)では、神々とその下僕たちが競技することによって、下僕たちが神々の業と技を習得するというものだ。

2つの対立するものと新たな創造の秘密

かつてトルテカ文明の都トゥーラの王ウェマックが天の御使い達に勝負を挑んで勝利した。しかし王は、褒美として豊かな食物を選ばず、金銀財宝を選んだので、その日から領土の畑は荒廃し、偉大なるトゥーラは滅んでしまったという。メキシコに語り継がれる有名な話である。

球技場のグラウンドにあたる部分は(凸×2)の形をしており、周囲の壁の中央に太陽を表すリングが高々とついている。儀式では、ここにゴム製のボールを通すのである。プレーヤーは手を使うことはできない。腰と太腿(もも)、肘より上の腕でゴムボールを打ちながら星星座 の形を描き、最後に太陽リングの 中央を通してゴールとなる。

儀式の最中、寺院では音楽が奏でられ、香がたかれる。こうして勝者が決まると、彼は7人の司祭 に手をとられて、イニシエーショ (奥義伝授)の一段階上昇を授けられ、大いに祝福される。

この儀式の目的は「二元性の神秘」を人間に教えることにある。
光と闇、陰と陽、十と一、男と女、縦と横、火と水、静と動など相反 する2つの極でありながら、生命を誕生させるために不可欠なものそれがグラウンドの形に表れているのだ。

神々は教えた。表現の土台となるのは二元性であると。2つの対立する力なしに創造はないと。この2つの力が互いに出会い、ぶつかり合い、完全な均衡のうちに第3の力が生じるのだと。

神官たちは言った。善でもない。 悪でもない。善と悪を超越して、 水の中に生きる火を燃やすこと ―それが勝利であると。

ひとつの陽極とひとつの陰極との結びつきから光が生じるように、ひとりの男とひとりの女の結びつきから生命が誕生するように、両極端の2つの要素が完璧にバランスをとると創造が始まるのだ。

いたずらに相手を否定するのでなく、すべてにおいて互いに補ってこそ、成り立つ力なのだ。バランスを失う者は創造性から遠のき、中庸点から遠のけば遠のくほど神々から遠く離れてしまう。


球技場の壁にも、これらの教えがシンボリックに、そして芸術的 に浮き彫りされている。すべての反対を結合する者は、対立する者を中和させ、何ひとつとして摩擦を起こさない。2つの相反する力を直面させ、その中庸点を確立するところから、すべてが生まれる。

トラチトリの儀式、それは宇宙 の二元性のグラウンドで展開する創造のドラマであり、人間が神々の業と技を理解し、体得してそのドラマに参加することなのだ。

だが、すでに述べたように、その神々と人間たちのドラマは、大いなる叡智とともに、ある日を境にして失われてしまったのである。 次に、タヒンの神々と預言にまつわるトトナカ文明崩壊の歴史をたどってみよう。

女神は黒魔術と破壊の蔓延を預言した!!

壁龕(へきがん)のピラミッドの頂上には、原初の火の神ウエウエテオトルの神殿があり、そして7つの階層365個のくぼみには、それぞれ1年365日を司る神像が置かれていた。しかし、それらの神々は実は唯一の神であり、それぞれが 神の表現なのだ。

すべての神々は「創造されたことのない神」、「破壊されることのない神」から放たれた創造の火花だ。それゆえに、ウエウエテオトルは、最長老を表すしわだらけの顔と、創造の火花を保つための火鉢を頭に乗せているのだという。

表現として地上に現れたこの最初の神から、生命の営みを支え、人類を導くために協力する八百万(やおよろず)の神々が調和的に続く。だからこそ、このピラミッド形の神殿に一堂に会しているのだ。東に面している神殿には、毎朝、日の出とともに美しい陽光が注がれる。それが火の神の日々の糧、黄金の光なのだ。

ウエウエテオトルの伴侶「太陽の女神」は次に重要な神で、トナカヨウアと呼ばれる。“我らに穀物の収穫と日々の糧を与える”という意味の名だ。彼女は、偉大な父なる神の前で人間の弁護をし、許しをこ乞うという、すなわち愛と慈悲を象徴する存在だ。神官たちは秘密の儀式の中で、トナカヨウアに神託を願う。彼女は食物を供するのみでなく、心の糧である知恵も授けるからだ。

彼女は預言した。
-- 神々が人間を導くその使命を終えたあかつきには、タヒンはもうタヒンであることを辞め、多くの人々とともに神々は帰ってしまう。その日のために準備しなさい。なぜなら、その後には闇の神々が台頭し、悪の女神が現れるから。悪の女神が教える黒魔術に気をつけなさい。人々は互いに攻撃し、破壊し合う。
 準備不足のために地上に残る人々にとって、それは痛みと苦しみの日々。多くの者は生け贄の犠牲となり、ついには外国人がやって来て、あなたがたを奴隷とし残虐なしうちをするだろう。 --



はたして、これらの預言は現実のものとなった。1521年、アステカ帝国を征服したスペインのエルナン・コルテスは、翌年この地方にも本拠地を築いた。しかしトトナカ族とその近隣のワステコ族は、その現実を受け入れず戦いを挑んだが、ゴンサロ・デ・サンドバルの軍隊に敗れてしまった。このサンドバル隊長は征服者たちの間でも残忍なことで知られていた人物で、原住民の指揮をした400人のリーダー全員を火あぶりにしてしまったという記録が残っている。

また、その後1526年から7年間この地方を統治したのは、残忍性にかけては前隊長におとらないグスマンという人物で、この時代トトナカ族の大多数はアンティーリャス諸島に奴隷として売りとばされてしまったのだ。そのうえ、ヨーロッパ人のもたらした伝染病と重なり、この地方のみに限らず、メキシコ全土の原住民の数は著しく減少してしまった。

だがトナカヨウアの預言を信じ教えを守った者たちは、このような悲しい運命を免れることができた。すでにそれ以前に神々とともに天に帰っていったから。神殿都市エル・タヒンはマヤの数々の神殿と同様に、ある日突然、放棄された。1230年のことだ。マヤ文明の神殿群にも匹敵する、この広大なエル・タヒンのピラミッド都市は、神々とともに去ってしまった主たちを見送ったのち、1785年に発見されるまでの550年余りをトトナカパンの熱帯雨林の下で眠っていたのだ。

9王朝の黄金時代と羽毛の蛇の伝説

やはり、古代文明の黄金時代の繁栄は、それが完璧な神託政治を基礎としていたからだろう。トトナカ文明においても、神々の意志と教えを伝え、人々を導いた9人の王たちの話が伝えられている。

最初の王は、トトナカの人々をこの地方にまで率いてきたウメアカトル王だ。彼は最高秘儀司祭で、統治80年目のある日、儀式前の浄化の沐浴に入ったまま消えてしまったという。人々がいくら捜しても、彼はもう二度と戻らなかった。そこで、彼の息子であるシャトンタンがあとを継ぎ、次の80年間この地を治めた。こうして彼の死後、そのまた息子が80年間と、9代の王朝が約8世紀に渡るトトナカ文明の栄光の時代を築いた。平和と繁栄のこれら9王朝の時代に、神々から直接伝えられた宇宙の神秘を教えるため、多くの儀式が示されたのである。

さて、ここでもうひとりの重要な神に触れなければならない。“羽毛の蛇”として表わされるケッツァルコアトルだ。この神は、中央アメリカの救世主ともいうべき存在で、すべての部族の間で愛され、すべての民に神々の叡智を伝えていた。
「明けの明星」「宇宙に光り輝く主(セニョール)」「大地の根底から到来し、血脈を通じて上昇したかの者」などの異名を持ち、各神殿の入り口の柱や、ピラミッドの階段の位置にその姿を見ることができる。すなわち、ケッツァルコアトルは神々の祭壇への扉であり、神々と人間をつなぐ階段なのだ。

この蛇神は、中央アメリカのすべての部族に教えを授けたのち、コアツァコアルコス(蛇の宿の意、ベラクルス州に現存する街の名)から東の空に向けて旅立ったといわれる。蛇で編んだ船に乗り、海と風に送られて不滅の灯明をともし、明けの明星となった。彼は、そこからわれわれを今でも見ている。絶えることなく青い光を放って‐そう古文書には記されてる。

そして、メキシコ各地に残された伝説によれば、いつの日か神々の教えが再びこの地に満ちた時、ケッツァルコアトルが地上に舞い戻るのだという。それはまた、神々の叡智の復活をも意味しているに違いない。

「笑う顔」を通して悲しみと絶望を超越!!

エル・タヒンの秘密の寺院では、ケッツァルコアトルを記念して祝う“魂の祭り”ともいうべき儀式がおこなわれる。コパル香の芳しい煙に包まれた神聖な祭壇に響きわたる祈りは、ケッツァルコアトルとの新たな契りであり、神々と人間の仲介であるこの蛇神を通じて、神と人間との調停をなすのだ。

さて、最後にトトナカ文明を語る時、メソアメリカの他の文明には見られない特筆すべきものを紹介しよう。
それは「笑う顔」と呼ばれるニコニコした像だ。トトナカ文明にしか発見されていない独特なもので、見る人を思わず微笑ませてしまう。これは彼らが喜びを知っていたからにほかならない。喜びとは、簡単なようでいて実は大変崇高なものなのである。だれでもうれしい話を聞いたり、気に入ったものが手に入ったりした時には喜ぶのは普通だが、それらは外部からの出来事に対する感情的な反応としての喜びだ。

しかし本当の喜びとは、内部の奥深くから湧(わ)き出るひとつの状態とでもいえようか。「無の境地」や「悟りの境地」と似た「喜びの境地」に到達することで、これを学ぶ必要があることをトトナカの人々は知っていたのだ。

心の中に悲しみや失望があると、人間は正しい判断ができなくなり、病んでいく。物事の悪い面ばかり見ること、無気力、無関心などの状態は、喜びを奪い、人間を勝利から遠ざける大きな障害なのだ。

そんなとき、彼らは「喜びの天使たち」に助けを求める。いつでもどこでも、喜びの天使たちは降りてきて、竪琴を奏で、その笑顔で悲しい心を元気づけてくれる。

絶体絶命だと思うとき、どうしていいかわからないとき、その笑顔を思い出して笑ってみる‐ひとつひとつの悲しみや絶望をこうして克服し、「喜びの境地」に至った者には不動の喜びが宿り、喜び自身となる。

復活した秘儀、そしてこれらの「笑う顔」の教えの中に、神々の叡智は生きているのだ。

FILE08「神々と交信する超文明遺跡 エル・タヒン」